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ジャグラーはどうすべきだったのか?(120329) [育児]

 近くのショッピング・センターでは、土日や祝日などに、無料で楽しいイベントをやってくれます。例えば、仮面ライダーショー、ウルトラマンショー、ミニ・コンサートダンスマジック、工作教室とか…。
 長男のmog2世は喜ぶし、大人の私も見ていて楽しいです。ありがたい限りです!
 サービス満点のこのショッピング・センター、いつもひいきにしてまっせ!


 しかし、先日のジャグリング・ショーは、というと………。


 現れたジャグラーは、複数のボールや箱などの道具を投げたり取ったりする技にチャレンジするのですが、道具をうまくキャッチできずに落としてしまうのです。それもたまにならまだしも…、しょっちゅうなんです…。


 これまでにも、何人かのジャグラーのショーを見たことがありますが、いずれもほとんど失敗することなく、安心して見ていられました。たまに失敗しても、その後の巧みなトークで観客からの笑いを誘い、その次にはちゃんと見事に技を成功させていました。マイナスをプラスに変えるところなんか、さすがプロです!


 しかし、今回のジャグラーは…、いくつかの技がなかなか成功しないのです。何度も何度もチャレンジするのですが、ボールや箱を落としてしまうのです。ジャグラーの顔に笑顔や余裕はなく、「焦るな、自分。焦るな、自分…。」などと、呪文のように唱えて、落ち着くように自分に言い聞かせているのです。(ギャグのつもりなのかも知れませんが、ジャグラーに笑顔はなくて…。)


 最初は、「頑張って!」というような感じで応援していた観客たちも、次第に、何か見てはいけないようなものを見てしまったような気持ちになり、気まずい雰囲気が流れてしまいました。


 ジャグラーが一生懸命頑張っていることは十分に分かります。そして、私なんかにはとてもできないような難しい技に挑戦していることも、十分に想像できます。


 でも、いくら何でも失敗し過ぎだよ~! 体調が悪かったのかなあ? ものすご~く難しい技をあえて披露したかったのかな? それとも、そもそも無料なんだから、文句を言わず、嫌ならショーを見なけりゃいい?
 
 …まあ、それもそうだとしても、そういうことを抜きにして、ショーを楽しみにしていた子どもたちが今一つ盛り上がれず、何か重苦しいムードが漂ったのは、やっぱり残念だよなあ。


 …とは言え、誰でも失敗することもあるさ。調子が悪い時もあるさ。人間だもの。

 ただその時に、どう対応すればよかったのかな。

 投げたボールを落とした時に、近くにいるお客さんを指差して、「お客さん、ダメよ~!今、ボールが落ちたら面白いと思ったでしょ?その気持ちがビシバシ伝わって、私、失敗しちゃったわよ!どうしてくれるのよ、お客さ~ん!」などと、オネエ言葉でユーモラスに切り返すのも、一つの方法でしょう。

 それでお客さんが笑えば、場の雰囲気も和み、ジャグラーも技を成功させやすくなったはずです。

 ジャグリングで失敗した時、他にどんなフォローの仕方があるのでしょうか。

 ナイスなフォローの仕方が分かっていれば、今回のショーも、それはそれで、とても楽しいものになったと思うのですが…。

 このジャグラーにまた会った時に、一回り成長していたらいいな、と、我が息子のように心配してしまう私です。

我が家の「おかあさんといっしょ」ベスト10(120309) [育児]

 長男のmog2世が生まれてから3年以上の歳月が流れましたが、そのために私もテレビ番組「おかあさんといっしょ」をよく見るようになりました。CDも聴いています。


 だいすけお兄さんやたくみお姉さんの歌声や歌う姿から、私自身もパワーをもらっています!



 そこでまずは、「おかあさんといっしょ」における、これまでのmog2世のお気に入りの歌を、10曲挙げてみます。

 最近、一番聴いているのは、「あさごはんマーチ」です。

 以下、「ふゆっていいな」「すうじのうた」「わ!」「もぐらトンネル」「イカイカイルカ」「夢の中のダンス」「ジューキーズこうじちゅう!」「モンスタップ」「みんなだれかがすきになる」といったところです。



 ちなみに、妻の好きな歌10曲は、というと…。

 第1位は、「魔法のピンク」だそうです。

 以下、「こどもがいっぱいわらってる」「まんまるスマイル」「あっちこっちマーチ」「でんきの子ビリー」「新幹線でゴー・ゴゴー!」「ママのたからもの」「キッチンオーケストラ」「ごめんください、めんください。」「リンゴントウ」といった感じだそうです。


 私も、今日の気分で、現時点での「おかあさんといっしょ」ベスト10を選んでみました!

◆第10位;「えがおでいこう」…ポップな歌で、振り付けもすごく楽しいです。

◆第9位;「ジューキーズこうじちゅう!」…ショベルカー・クレーン車・ミキサー車などが、互いの持ち味を出し合って協力して、いい仕事をしているという内容の詩が好きです。

◆第8位;「新幹線でゴー・ゴゴー!」…元気になるし、新幹線に乗って旅行をしたくなります。

◆第7位;「カエルのうがい」…かわいい歌です。床屋かなぶんさんのアニメもかわいい。

◆第6位;「ごめんください、めんください。」…コミカルな歌の中でも、完成度が高いと思います。

◆第5位;「フ~ララ ホアロハ ラ~」…ハワイアンな味付けで、トロピカル&リゾート気分になります。

◆第4位;「そよそよの木の上で」…癒されて、優しい気持ちになります。日光浴と森林浴を一緒にしているような気持ちよさに包まれます。

◆第3位;「ママのたからもの」…聴く度に、子どもが生まれた時の喜びを思い起こさせてくれる名曲です。

◆第2位;「ドンスカパンパンおうえんだん」…楽しくて、元気が出てくる歌です。振り付けも、とても面白いです。



 そして、栄えある第1位は………!



◆第1位;「ぼくらのうた」

 この歌、最高! 詩も曲もアレンジもいいし、お兄さん・お姉さんがキラキラ輝きながら生き生きと歌っている姿も印象的です!
 何度も何度も繰り返して聴いてしまいます!

 ちなみに、この歌の作詞・作曲は、プリンセス・プリンセスの岸谷香さん、編曲は熱狂的なプリプリ・ファンでもある鎌田雅人さんです。

 私自身、岸谷香さんの作る歌の素晴らしさにはいつも感動しています。プリプリの歌はもちろん、香さんがソロになってからリリースしたアルバム「Renaissance」「shout」「香」「RING TO THE HEAVENS」も持っています。

 岸谷香さんのソング・ライティングの力は素晴らしくて、PUFFYの「春の朝」という歌も作詞・作曲していますが、これも大好き!


 ちなみに、プリプリのキーボーディスト・今野登茂子さんのソロ・アルバム「24hours」も、ポップでメロディアス!


 また、鎌田雅人さんと言えば、初田悦子さんの「きみのママより」の作曲・編曲も手掛けています。
 感動的な歌です!この歌がリリースされたころと、そのころ赤ちゃんだったmog2世との日々が重なって、今でも思い出深い一曲です!



 そう考えると、音楽って面白いですよね。いろんなことが、どんどんつながっていくのですから。

 プリプリの大ファンだった鎌田さんが、岸谷さんと音楽の仕事をしていることも、すごいつながりですよね!

 そして、私がプリプリが好きで聴いていたことがあり、その後、ソロの岸谷さんと今野さんの作品を聴いてみようと思ったり、たまたま見たNHKの「中学生日記」で使用されていた「春の朝」という歌が岸谷さんの作品だったり、鎌田さんが作った歌を鎌田さんと知らずにたまたま「ほっともっと」の店内で耳にして気に入って調べてCDを買ったり、「おかあさんといっしょ」で岸谷さん・鎌田さんの素敵な作品と出会えたり…。


 だから、音楽って大好きです!人生が豊かになります!



 mog2世にも、こんな素敵な音楽との出会いをしていってほしいです。


アンチ・エイジング悪あが記(120305) [くらし]

 自分の年齢を考えると、「もう自分は決して若くない。」と認める一方で、「いつまでも若々しくいられたら…。」という願望もちょっとあります。
 また、「あんまり若ぶっても、かえって痛々しくて、みっともないよな。」と考えてみたかと思えば、「でも、自然で健康的な若々しさは素敵だよな。」とも感じたりして。


 今日の私はと言えば、「オヤジ」を通り過ぎて、何だか「おじいさん」のような気分です。なぜかはよく分かりませんが…。(あっ、私は一応40代ですけど。)

 思えば遠くへきたものです。自分の中にも、20代のころには絶対にしなかった言動や状況が見られるようになってしまいました。


 そこで、「オヤジ度チェック」というものを勝手に考えてみました。「オヤジ度チェック」をすることで、自分自身を振り返り、アンチ・エイジングにつなげようではありませんか。(←何を言ってるんでしょうか?)
 科学的・統計的な根拠は何もありませんが、例えば次のようなことがあったとしたら、(自分は年を取ったな。)とつくづく感じてしまうのではないでしょうか。





① 「よしんば」「いかんせん」「けしからん」「さもありなん」「言わずもがな」「いかんともし難い」等、どこか古めかしい言葉を使ってしまう。


② 困った時に、後頭部をかきながら、「トホホホ…。」と口走ってしまう。


③ 面白いことがあると、手を叩いて「こりゃあ傑作だ!」と言ってしまう。


④ お腹が空いた時に、「腹が減っては戦はできぬ。」と言ってしまう。


⑤ 物事がうまくいった時、「『勝って兜の緒を締めよ』だな。」「今こそ、『我の敵は我にあり』だ。」などと、戦国時代の武将のような言い回しをしてしまう。


⑥ 体を動かす時、「どっこいしょ。」「よっこらしょ。」などと拍子を取ってしまう。


⑦ 言い間違えた時、「もとい!」と言ってから言い直す。


⑧ お酒をついでもらう時、「オットット…。」と口にしてしまう。


⑨ 風呂上がりにビールを飲み、「クーッ、この一杯のために生きているなあ!」と言ってしまう。


⑩ 風呂に入った瞬間、「う~ん、極楽、極楽。」と言ってしまう。


⑪ 「おい、アレ取ってくれ、アレ。」「いやあ、すみませんねえ。かえってアレしちゃったみたいで…。」などと、指示語が多くなった。


⑫ 人を呼ぶとき、「おーい、鈴木じゃなくて、田中じゃなくて、佐藤じゃなくて…、えーっと、高橋!」などと、周囲にいる人の名前をひと通り言ってから、呼びたい人の名前に辿り着くことが多くなった。


⑬ 子どものころは「昆虫博士」と呼ばれていたが、今では「植物」に夢中で、特に最近は「石」に興味が出てきた。


⑭ 飲食店に入った後、爪楊枝をくわえて出てきた。



⑮ レストランで、カレーを食べたいと思ったが、メニューに「ベジタブルカリー」「シーフードカリー」などと書いてあり、オーダー時に「カリー」と口にするのが恥ずかしくて、別の食べ物を注文した。





 ………時は待ってくれません。これからも、どんどん老化が進んでいくのでしょう。それはそれで、仕方ないことです。
 そのうち、「わしもまだまだ若いモンには負けん!」と言って、孫の運動会に出るような時が訪れるかも知れません…?(ちなみに、私に孫はいませんよ、念のため。)


 高校生の時などは、深夜放送「オールナイトニッポン」を聞き(下手をすると、第2部まで!)、少し寝たかと思えば、すぐ起きて高校へ行き、授業を受け、部活もやっていました。
何だったのでしょうか、あのころの汲めども尽きぬ若さは!?

 ああ…、(まあ、年相応でいいや。)と思いながらも、あのころを思うと、やっぱり若さがうらやましいよ~!

 まずは、どこから改善していこうかな…。でも、それって悪あがき…?
 

1979年度の野口五郎・その3~ライブ編~(120303) [野口五郎]

 私にとって思い出深い1979年度の野口五郎さんを振り返る記事の第3弾です!

 この1年間の中で、私が足を運んだ2つの「ライブ」について触れます。



◆ 「HOT SUMMER LIVE ’79 熱い夏を撃て!」(1979年7月20日 NHKホール)

 このころの五郎さんは、シングルとして「真夏の夜の夢」「女になって出直せよ」を出しており、ギターをガンガン弾きまくって歌っている姿が、テレビの歌番組でもいっぱい放映されていました。だから、全体的には、ロックっぽいホットな野口五郎!という感じのライブでした。

 このライブ、五郎さんの熱唱はもちろんのこと、構成・演出がとてもよかったです。

 ロサンゼルスで録音したニュー・アルバム「ラスト・ジョーク」からのナンバーを生でお披露目!
更に、数々のヒット曲も歌えば、「明日に架ける橋」「恋の魔法使い」等の洋楽をかっこよくアレンジして歌ったり、「トップ屋コネクション」等のコミカルなオリジナル曲を歌ったりして、バラエティに富んでいました。

 圧巻は、第2部の前半における「夏の日の恋」「時の扉」「マリンホテル」「ディスコ・マリン」「時の扉」「夏の日の恋」と続く夏の恋をテーマとした歌の流れです。スタンダード・ナンバーの「夏の日の恋」以外は、全て五郎さんのお兄さん・佐藤寛さんの作曲で、どの曲もすごくいい!笑いもあり、楽しませていただきました。

 そして、五郎さんのジョークがいっぱいのトークも最高!

 完全収録盤の2本組カセットテープ、今でも大切にしています。


◆ 「10th ANNIVEWRSARY  U.S.A. STUDIO CONNECTION」(1980年3月29日 中野サンプラザ)

 これまでの4年間、アメリカでレコーデイングをしてきた五郎さんでしたが、デビュー10周年を迎えるに当たって、今度は逆にアメリカから6人の一流ミュージシャンを呼んで、日本でライブを行いました。
 メンバーは、今でも覚えています。
 ドラムスがリック・マロッタ、ベースがトニー・レビン、ギターがデビッド・スピノザとワディー・ワクテル、キーボードがダン・グローニック、アルト・サックスがデビッド・サンボーンでした。
 このメンバーで、東京大阪でライブをしたのです。

 ライブが始まって、まずビックリしたのが、ドラムスとベースの音のパワーの凄さ!リズム隊の2人の出す音が、バシバシ!ドコドコ!ズンズン!ビンビン!と響いてきて、その迫力に圧倒されました!
 ギターの2人も、エネルギッシュ!そして、スローな曲では、実に繊細な響きを聴かせてくれました!
 キーボードも、鍵盤へのタッチの仕方がハイ・センスで、メロウなサウンドを奏でていました!
 サックスは、やっぱりさすがサンボーンですね。サックスという楽器を使って、まるで歌っているかのような感じで表現力豊かに演奏し、息の吹き込み方や音の響かせ方・ふるわせ方など、とても素敵でした!五郎さんのデビュー曲「博多みれん」のイントロも、日本的な演歌のテイストを十二分に出していて、超一流のミュージシャンだな、と痛感しました!

 五郎さんも、ギターはもちろん、三味線まで弾いたりして、アメリカのミュージシャンとクロスオーバーしていました。
 憧れのアメリカのミュージシャンと一緒にライブをすることができて、その様子を日本において生でファンに伝えることができる!という五郎さんの喜びと高揚感にあふれる、素晴らしいライブでした。

 このライブ盤、今でも時々聴くのですが、残念なことが一つ…。
 五郎さんのライブ盤は、当時、カセットテープでは、「完全収録」が多くて、歌った曲全部が入っていて、ファンとしてはありがたい限りでした。ライブが数日間に及んだ場合には、たいていそのライブの最終日の模様が収められていたのです。「千秋楽」における五郎さんやミュージシャン、スタッフの高まりを届けたい、という意図がひしひしと伝わってきます。
 ところが、このライブ、東京での最終日に、ちょっとしたアクシデントが起きました。
 ライブで歌った「ずぶぬれの葉子」という歌だけ収録されていないのです。録音機の不調により収録されなかった、とのことです。私としては、「ずぶぬれの葉子」については、そこだけ東京の「千秋楽」のテイクじゃなくてもいいから入れて、あのライブでやった歌を全て聴きたかったです。
 また、ライブのパンフレットに歌詞が載っていた「大十字(グランド・クロス)」という歌は、当日のライブでは歌いませんでした。どんな歌だったのかなあ…。

 それにしても、夢のようなひとときでした。ライブのパンフレットには、五郎さん直筆のサインが入っていました。うれしかったなあ!




 2つとも、東京で開かれたライブでした。地方に住む私は、ライブの後、東京の親戚の家に泊まったことを覚えています。チケットも、親戚がプレイガイドに足を運んで、取ってもらいました。まだチケットぴあとかチケットセゾンはなかったです。いろんな人の協力があって、私はライブを見ることができたのですね。感謝!


 それにしても、1979年度は内容が濃過ぎて、もう完全に「五郎三昧」で、最高の中学3年生でした!そして、すご過ぎる23歳!の五郎さんでした!


タグ:野口五郎

1979年度の野口五郎・その2~アルバム編~ [野口五郎]

 私にとって思い出深い1979年度の野口五郎さんを振り返る記事の第2弾です!

 今日は、この1年間に発売された6枚の「アルバム」について…。



◆ 「南十字星」(1979年5月10日リリース)
 
 実に様々な作家陣が作った歌を、五郎さんが歌いました。
 おなじみの筒美京平さん、佐藤寛さんはもちろん、林哲司さん、宇崎竜童さん、トミー・スナイダーさん、ちあき哲也さん等、新たな人たちからも作曲を担当してもらい、五郎さんの世界がグッと広がりました。素敵なメロディーと歌声の宝庫です!

 ちなみに、アルバム・タイトルの「南十字星」はつのだ☆ひろさんの作曲です。すごくいい歌です!


◆ 「GORO SPECIAL BAND」(1979年6月21日リリース)
 
 五郎さんのコンサートのバック・バンド「GORO SPECIAL BAND」によるインストゥルメンタルのアルバムです。
 五郎さんの歌声は入っていませんが、五郎さん作曲のナンバー「LONESOME HANDSOME」が入っています。また、ギタリスト・ドラマーとしても参加しています。いわゆる「歌謡曲」を歌う五郎さんの世界はありません。フュージョン・テイストにあふれるアルバムです。

 それにしても、「GORO SPECIAL BAND」のメンバーってすごいですよ!岡沢章さん、矢島賢さん等、日本を代表する名スタジオ・ミュージシャンが勢揃いです。技術的にうまいし、音がいいし、センスがいい!
 世間的には「アイドル」としてとらえられていた五郎さんが、この豪華メンバーを引き連れて普段のコンサートを行っていたのですから、とってもゼイタク~!いかに五郎さんが、サウンド志向だったかが分かります。

 ちなみに、「GORO SPECIAL BAND」のメンバーの多くが、その後デビューした渡辺真知子さんのレコーディングにも継続的に参加していました。真知子さんの音楽の世界も好きで、アルバムは全て持っていますが、真知子さんのアルバムでも実にいい仕事をしています。


◆ 「ラスト・ジョーク」(1979年7月21日リリース)

 毎年、海外レコーディングをしてアルバムをリリースしてきた五郎さんですが、「ラスト・ジョーク」は海外録音盤の7作目で、ロサンゼルスで作られたものです。
 9曲入りで、作詞は全て阿久悠さん、作曲は筒美京平さんと佐藤寛さんです。
 どの曲もかっこいいですが、一番のお気に入りは「君こそわが青春」です。五郎さんは今も時々コンサートで歌いますが、聴く度に泣いてしまいます。名曲中の名曲です!

 ラリー・カールトン、デビッド・スピノザ、デビッド・サンボーン、ラリー・ナッシュ、ジェームス・ギャドソン等、超一流ミュージシャンとともに、五郎さんもギターを弾いています。憧れのミュージシャンたちと一緒に音楽を作っている五郎さんの「喜び」と「感激」はもちろん、「ミュージシャンたちへの尊敬・感謝」の気持ちが伝わってくる1枚です。


◆ 「HOT SUMMER LIVE ’79 熱い夏を撃て!」(1979年10月1日リリース)

 内容については次の記事で述べますが、私はこのコンサートに行きました。熱い五郎さんが最高でした!

 このアルバムを聴いてすごいと思うことは色々あるのですが、その一つは、音のよさです。とてもクリアーに、バランスよく録音されており、ライブの臨場感が生き生きと、心地よく、細かく伝わってきます。


◆ 「樹海 Ballade」(1980年2月1日リリース)

 このアルバム、まずジャケットのデザインで圧倒されます。重苦しく、寒そうな海と空に浮かぶ、これまた重苦しく、深い樹海…。そんなあり得ない風景の中、そこに差し込む(あるいは舞い降りる)光と五郎さん…。
 ジャケットをそうとらえた瞬間、重苦しい海と空も、やがて訪れる夜明けの前ぶれなのでは…、と感じられ、少しずつ希望であたためられていくようです。

 新しい音楽性を探り、求めていこうとする五郎さんの意気込みがひしひしと感じられる1枚です。作曲は、東海林修さんと佐藤寛さんによるものです。
 私が一番好きな歌は「青春の贈り物」です。ライブで聴くと、より一層感動します。
 あと、「東北縦貫道路」「緋文字」「世界が止まる」「心は孤独な狩人」等、どの歌も心に染みます。
 
 どの歌も、深いです。五郎さんのアルバムの中で、一番深いかも…。


◆ 「GORO IN U.S.A. PAST 4YEAR STEPS」(1980年3月21日リリース)

 五郎さんの7枚の海外レコーデイング・アルバムのうち、4枚はアメリカで作られました。それぞれのアルバムからセレクトされた歌が入っています。オリジナル・アルバムは4枚とも持っていましたが、これも買いました。

 4年間の歴史を改めて聴いてみると、確かな歩みを感じるとともに、これまで別々のアルバムに収められていた歌をピックアップしてつなげることで、新しいうねりとかストーリーが見えてきたことが、私にとって大きな発見でした。



 年間6枚のアルバム発売というハイ・ペースでしたが、作品としてのクオリティーも高く、サウンドもよくて、改めて驚かされます!


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1979年度の野口五郎・その1~シングル編~(120227) [野口五郎]

 2月23日に56歳になった野口五郎さんにとって、2012年は56年!
もうすぐ新曲リリースもあるし、様々な活動を期待しています!もちろん、ファンとして応援します!


 五郎さんファンの私にとっては、毎年がGORO YEARではありますが、特に記念すべき一年間は…、中学3年生の時の一年間でした。年度で言うと、1979年度(昭和54年度)です。

 そこで、私にとってものすご~く濃かったこの期間(1979年4月~1080年3月)を振り返ってみたいと思います。


 この期間にリリースされたシングルが4枚、アルバムが6枚です。(アルバムが6枚って…、すごい!厳密に言うと、そのうちの1枚が2枚組だったので、LPの数としては全部で7枚!)
今、考えるとすごいペースです。中学生の私が全部買い揃えるのは大変なことでしたが…、頑張って全部揃えましたよ!

 そしてこの期間に、地方に住む私は、東京で開かれたライブに2回行きました。自分にとって、どちらも今もなお、とてもメモリアルなライブです。

 私自身、質的にも量的にも、すごく満たされた1年間でした。

 そして、五郎さんも、大きく変容し、成長した時期だったと思います。

 そこで、この思い出深い1979年度を、「シングル編」「アルバム編」「ライブ編」の3回にわたって振り返ってみます。


 まず今回は、4枚のシングルについて…。


◆ 「真夏の夜の夢」(1979年4月21日リリース)

 五郎さんがギター好きであることはファンならば知っていることですが、「甘い生活」「私鉄沿線」の大ヒットにより、一般的には五郎さんと言えば叙情的な歌を切々と歌い上げるイメージができていたのではないでしょうか。

 ところが、この曲でお茶の間のテレビにギタリスト・野口五郎がいっぱい登場することになりました。
 GORO SPECIAL Jr.というバンドを従えて、ロックを歌い、ギター・ソロを弾きまくる五郎さんが、そこにいました。かっこいい!


◆ 「女になって出直せよ」(1979年7月10日リリース)

 このころ、五郎さんのシングルは、作詞・阿久悠さん、作曲・筒美京平さんというゴールデン・コンビによる作品が続きました。
 従来の五郎さんの世界を大切に受け継いだ「送春曲」、ロック・ギタリストの五郎さんを前面に押し出した「真夏の夜の夢」に続く、三部作のトリがこの歌です。何とこの歌は、アメリカの一流スタジオ・ミュージシャンと共に作ったフュージョン・テイストあふれるナンバーです。
 いわゆる「アイドル」というカテゴリーに所属する五郎さんが、このようなハイ・センスな曲を「夜のヒットスタジオ」や「カックラキン大放送」等の身近なテレビ番組を通して、日本のお茶の間に届けていたと思うと、画期的なことです。五郎さんもすごいし、当時の五郎さんのスタッフもすごい!

 あのころ、NHK-FMで「クロスオーバー・イレブン」というハイ・センスな曲をいっぱいかけるおしゃれな番組がありましたが、この曲はまさに「お茶の間のクロスオーバー・イレブン化」と言ってもいいくらい、素敵な作品です!


◆ 「青春の一冊」(1979年9月15日リリース)

 2010年のゴールデンウィークにSTBで開かれたライブでこの曲を聴いた時、涙があふれてきて、止まりませんでした。何なんでしょうか、この感情は?
 この歌は大好きで、CDに合わせてクルマの中で歌ったりしてはいますが、特別にドラマチックな思い出があったとか、そういうことはないのです。
 でも、中学3年生のころを思い出し、「自分は五郎さんと共に長い道を歩んできたんだなあ。」と思ったら…、ボロボロ泣いていました…。


◆ 「愛の証明」(1980年2月16日リリース)

 1980年に入り、五郎さんの歌手生活10周年記念というムードが高まっていきました。
 そこでリリースされたこの曲、作詞・なかにし礼さん、作曲・佐藤寛さんによる名曲です。大人の愛の世界を表現しています。
 この歌をレコーディングした当時の五郎さんは、何と23歳でした!この年齢でこの表現力…、驚きます!
 最近は、「アンチ・エイジング」という感じで、年齢よりも若く見えることがよいような雰囲気なのかも知れません。
 でも、それとはまったく逆で、この当時、むしろ背伸びをして大人の世界を歌っていて、その世界を期待以上に表現している五郎さんは、やっぱりすごい歌手だなあ、と思います!


タグ:野口五郎

もう、何でもいいじゃない!(120223) [育児]

 こう見えても(?)、若いころは結構おしゃれ好きで、洋服や靴・時計・帽子など、ファッショナブルな物や個性的な物を選んで身に付けていました。
 おしゃれな物に囲まれていると、いい気分でした。周囲と同じような物じゃ満足できなくて、人と違っている物に着目したりして…。あのころは、それなりにお金もかけたなあ。


 しかし、最近の私自身のファッション事情はどうでしょうか。随分と時間が流れました。
 はっきり言って、今では、おしゃれとかほとんど気にしていません。安くて、そこそこ品質もよくて、デザインやカラーとしては無難な物を選ぶ…、みたいな感じです。

 特に、子どもが生まれたりすると、自分に合ったファッションを選ぶ、などと言っていられない事態に直面するのです。ブログを休んでいた約1年前の出来事が、今も心に残っています。

 その出来事とは…。


 約1年前、私自身の携帯電話を買いに行った時のことです。

 どれがいいかと選んでいた時、一緒にいた妻が、何気なく息子mog2世(当時2歳)の前で、「パパの携帯、どれがいいかなあ?」と口にしました。
 すると、mog2世は、ある携帯を指差して、「これがいい。」と言ったのです。
 見ると、その携帯の背面ディスプレイには大きな青い花の模様が大胆にデザインされており、フェミニンな雰囲気が漂っていました。そして、よく見ると、下には「marimekko」という文字が書かれていました。

 まさか、今年AKBの人数と同じ年齢になる中年男性が、こんな花柄のデザインの携帯を持つ訳にはいきません。

 「だめだよ、これは。何だ、この『マリメッコ』って。違うものにしよう。」

 しかし、mog2世は「マリメッコ!マリメッコ!」と言い出して聞きません。違う携帯にしようとするのですが、mog2世の機嫌は悪くなり、店内で「マリメッコ!マリメッコ!」と大声で叫ぶ有様。


 やがて妻が疲れてきて、さっさと買って帰宅したくなったのでしょう。苛立ちを隠し切れずにこう言いました。

 「もう、マリメッコでもニラメッコでも、何でもいいじゃない!」



 こうして、私はマリメッコの携帯を持つようになりました…。



 それにしても、私が持っても全然おしゃれじゃない。

 それどころか、購入した当初は取り出すのも少し恥ずかしい…。花柄の背面ディスプレイを手で隠すように電話をする自分が悲しくなります。
 同じブランド物とのコラボ携帯なら、アニエス・ベーとかがあればいいんだけどな…。(それも、似合わないって!)


 買ってから調べたのですが、マリメッコとは、フィンランドのファッション・ブランドです。私が持っている携帯は、「ウニッコ」(大きなケシの花)と呼ばれるマリメッコの定番ともいわれるデザインで、北欧好きにはたまらないらしいのです。

 …でも、別にとりたてて「北欧好き」じゃないんだけど、俺。


 そんなことを思いつつも、このマリメッコの携帯を使っているうちに、何だか愛着が湧いてきました!
 いいですね、マリメッコ!別に女性にターゲットをしぼった商品ばかりでもないし。
 この携帯の購入をきっかけに、その後、この約1年間の中でマリメッコのバッグ・マグカップ・キーホルダーマウスパッド財布・傘などを買いました。「ウニッコ」だけでなく、「ナヌク」というシロクマのデザインもかわいくて味わいがあって大好きです。


 思うに、mog2世が、直感的な感じで、これまで私が知らなかったマリメッコという素敵なブランドを教えてくれたんですね。
 私にとって「似合う」とか「似合わない」という視点じゃなくて、人と人とのつながりの中で(今回で言えば、「mog2世と私」というつながりの中で)「出会う」か「出会わない」か、という視点で愛着をもち、意味付けがなされていくのだとつくづく感じました。


 これから先も、mog2世は、どんな世界に出会わせてくれるのかな?

 楽しみにしています。

タグ:マリメッコ

3歳児健診は終わったけれど…(120217) [育児]

 先月、長男mog2世が、3歳児健診を受けました。

 とりあえず、「異常なし」でホッとしました。



 それにしても、3歳児検診を受けるに当たって、事前に記入しておく質問用紙に、「~することができますか?」といった内容の質問が色々とあるのですが、それを見てると、「あっ、今のmog2世はこれもできないし、これもできない。大丈夫かな?」などと、正直ちょっと心配になります。

 まあ、人間には個人差があって当然なので、基本的にはあせらずにゆっくりと子育てをしていきたい、と思っていますので、mog2世なりに成長していけばよい、と考えていますけど。

 例えば「自分の姓名を言えますか?」という質問があります。mog2世の日常の会話を聞いている限りでは、自分の名前をフルネームで言うことはできるはずなのです。

 しかし、家で私や妻がmog2世に名前を聞いても、笑いながら黙っていたり、「分かんない。」と言ってみたり、私の名前を言ってみたり…。要はふざけているみたいで、(健診当日はどうなるんだろう?)と困りました。



 中でも、一番手こずったのは、尿検査です。
 健診当日の朝に尿を採らなければならないので、数日前から採尿の練習を始めることにしました。

 「おしっこ出る?」とmog2世に聞いて、「うん。」と言ったらトイレに座らせて、紙コップを見せ、「ほら、この紙コップの中におしっこをするんだよ。」と教えるのですが…、ふざけてやらないのです。


 困った私と妻は、臨時夫婦会議(「定例夫婦会議」もあるのか?)を開き、話し合った末、「名案」を思い付きました!

 実は、mog2世は、最近よく私の行動の真似をするのです。例えば、私が仕事から帰って、鍵・財布携帯等を決まった場所に置くと、mog2世も自分が鍵・財布・携帯に見立てた物をその隣に並べるのです。それも、律儀に私と同じ向きに揃えて…。

 このことを生かして、mog2世の目の前で、同じ男である私が紙コップを使って採尿する姿を見せれば、mog2世もやりたがって真似をするのはないか、と思ったのです。

 私としては非常に情けない姿ですが、こんなことができるのも、親子だからこそでしょうか?(それとも、ヘン?)
 私としては、当日の朝に採尿がうまくいくように、という一心で、とにかくトライあるのみ!
「ほら、こうやっておしっこ採ろうね。」なんて言いながら…。


 そして結果は…、大成功!
 mog2世は、すぐに私の真似をして、紙コップの中におしっこをすることができました。

 こうして、健診当日の朝の採尿もすんなりと大成功!

 やった!!


 しかしその後、困難が待ち受けていました。
 健診終了後も、私がトイレに入る度に、mog2世も一緒に入ってきて、「パパ、おしっこ採って。」と言うのです。
 私が嫌がっても、mo2世は粘り強くリクエストし続けます。その度に、私は紙コップを使って採尿…。

 こうしたことが、今もなお続いています。私自身、健診という目標があったうちは、それに向かって突き進むだけでした。
 しかし、いざ健診が終わると、わざわざmog2世の前で採尿する必然性も意味付けも感じられず、「何をやっているんだ、俺?」と、自分のやっていることに首を傾げてしまう有様です。

 一体いつ終わるんでしょうか、これ?



野口五郎が教えてくれた音楽~フュージョン~(120210) [野口五郎]

 野口五郎さんが私に教えてくれた音楽の第3弾、それはフュージョンです。

 もともと、ラジオ番組「ハロー・ゴロー・ラブ・ラブ・ラブ」(ニッポン放送)で、毎週自分のお気に入りのハイ・センスな洋楽を聴かせてくれた五郎さんですが、その音楽志向は更にレベル・アップ!

 外国の一流ミュージシャンと共に、自らのレコード作りに取り組みます。
 特にアメリカでレコーディングされた4枚のアルバムは、最高です!
 ラリー・カールトン、リー・リトナー、デヴィッド・スピノザ、デヴィッド・サンボーン等、五郎さんのアルバム制作にかかわったミュージシャンの音楽も、私は聴くようになりました。

 また、五郎さんのアルバムには参加していませんが、「ハロー・ゴロー・ラブ・ラブ・ラブ」のエンディング曲「You ‘re As Right As Rain」を作ったボブ・ジェームスも大好きで、今もよく聴きます。

 その中でも、最もフュージョン色の濃いアルバムは、1978年8月4日にリリースされた「L.A EXPRESS ロサンゼルス通信」です。深町純さんをプロデューサーに迎え、すごいミュージシャン達と音楽をつくり上げました。かっこいいんだよなあ、このアルバム!そして、憧れたなあ、このころのかっこいいアメリカ!

 「私鉄沿線」や「甘い生活」を歌っているイメージの五郎さんは、そこにはいません。本当に自分の好きなことを存分にやっている感じです。しかし、当時の五郎さんのスタッフも、よくこのアルバムを企画したよなあ、五郎さんというアーティストの願いや思いを大切にしたんだなあ、としみじみ思います。


 深町純さんと言えば、「ロサンゼルス通信」が発売された1978年に、深町さん自身もニューヨークでアルバムを作りました。70年代フュージョンの金字塔と称される「ON THE MOVE」がそれです。アルバムのタイトルにもなっている1曲目の「ON THE MOVE」という曲はゴキゲンなナンバーで、大のお気に入りです。野田秀樹さん率いる劇団夢の遊眠社の舞台のエンディングの「客出し」の際にも使われていて、一つの芝居を演じ終えた俳優さんたちがとてもいい表情でお客さんに挨拶するその光景を、より一層輝かせていました。

 記録によると、1978年4月に、ニューヨークで、深町さんが「ON THE MOVE」をレコーディングし、その後、1978年6月に、ロサンゼルスで、五郎さんが「L.A EXPRESS」をレコーディングした、とのこと。天才・深町さんがノリノリの時期に、「L.A EXPRESS」が作られたことになります。

 1978年と言えば、ラジオ番組「クロスオーバー・イレブン」(NHK-FM)がスタートしたのもこの年。津嘉山正種さんのナレーションをはさみながら、音楽性の高い曲が次々と流れてきました。一日の終わりという時間帯に、一人でこの番組をよく聴いていました。

 だから、私にとっての1978年とは、それまで聴いていた音楽とは違う世界と出会ったエポック・メイキングな年でもあるのです。

 そのきっかけを作ってくれた五郎さんに感謝です。

野口五郎が教えてくれた音楽~邦楽~(120209) [野口五郎]

 野口五郎さんが私に教えてくれた音楽の続きです。

 日本のアーティストでは、ある時期、五郎さんが村田雅和さんをプロデュースしていました。

 そのことがきっかけで、村田さんのバンドであるWelsh BluesCPを聴いたら、すごく気に入りました!「赤いブックカバー」と「Shallow Underground」のCDを買いました。いいですね、村田さんの歌やサウンド

 その後、村田さんは、2011年12月28日に、Trinoteというバンドで、CD「TRINOTE」をリリースしました。どの曲も私好みですが、一番のお気に入りの曲は、「隙間の埋め方」です。歌声も曲も詩もいいし、ギターのカッティングやソロ、ピアノのジャジーなフレーズもかっこいい!
 よいバンドの条件っていろいろあると思うんですが、重要なことの一つは、単純に言ってやっぱり、各パートのリズムがきちんと合っていることだと思います。リズムのキメが揃うと、「うまい!」と思うし、聴いていてすごく心地よいです。私は、アップテンポはもちろん、スローテンポでも音の頭がきちんと揃っていることに対して、自然と耳が向いていきます。

 この辺の感覚は、五郎さんが大好きなフュージョンを私も聴くようになってから、耳が鍛えられたからだと思います。(あくまでも、私なりに、ではありますが…。)
 五郎さんとフュージョンについては、また次回。

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